マウス系統の学術命名規約

Rules for Nomenclature of Mouse Strains
(マウス系統の学術命名規約)

 ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」・真下知士博士により和訳された「Rules for Nomenclature of Mouse and Rat Strains」からマウス部分を抜粋し,若干の編集を加えたものである.
2004年3月10日

1. 序論
実験に用いるマウスの由来はさまざまである.近交系を樹立することは,それらの背景を明確にすることを意味し,そのための学術命名規約を必要とする.Genetic Drift(遺伝的浮動),つまり系統内の個体間で未知の遺伝的差異が生じているかもしれないということを心に留めておくべきである.

ほとんどの実験用マウスは,Mus musculus musculusと,M. m. domesticusに由来するが,M. m. molossinusM. m. castaneusからもまた,ある種の実験用マウスは由来している.従って,それらの名前には,種名ではなく,それぞれ特定の系統名やストック名,あるいは実験用マウス名を使用すべきである.(近年,実験用マウスとして開発された系統のいくつかは,もっぱらM. spretusのような他のMus属の種やM. musculusの亜種に由来している.)

マウスの系統名はMouse Genome Database(MGD)から登録する.

https://www.informatics.jax.org/submit.shtml

2. 施設記号(ラボコード)
マウスの命名表記の主要な部分は施設登録記号またはラボコードであり,マウス系統を維持,あるいは生産する施設,研究室,または研究者を識別するために,通常3,4文字の記号で表す(頭文字は大文字とし,後に小文字が続く).亜系統は,このラボコードにより区別する.コンジェニック系統や,いくつかのタイプが存在するが,区別することが不可能な系統なども,このラボコードを用いる.ラボコードはIinstitute for Laboratory Animal Research(ILAR)で登録する.

https://www.nationalacademies.org/ilar/lab-code-database

例:

J ジャクソン研究所
Mit Massachusetts Institute of Technology
Ms 国立遺伝学研究所

 

3. 近交系および交雑仔(Inbred Strains and Hybrids)
3.1. 定義
 兄妹交配を20世代,もしくはそれ以上継代した系統を近交系とする.この系統の各個体は,一組の共通の祖先に遡ることができる.近交系となった時点で,それぞれの個体のゲノムには,平均して僅か0.01のヘテロ接合性しか残っていない(Genetic Driftの場合を除く).従って,あらゆる利用において,遺伝的に同一と見なすことができる.近交系は,兄妹交配あるいは(それに相当する方法)で維持しなければならない.

近交系を作製する他の交配方法としては,継続的な親仔交配があり,交配した親のうち,いつも若い方を次の交配に使用する場合である(例:親仔交配をさせたペアーの仔の方を,次は親の方として,産まれてきた仔と交配させる).継続した20世代以上の近親交配に相当する交配方法なら,他の交配方法も使用することができる.

3.2. 近交系の命名
近交系名は,大文字のローマ字か,文字と数字を組み合わせた文字の略号で表記する.既存の系統には,この規約に当てはまらない系統もある(例:129P1/J).

系統の名称は,マウスとラットで重複しないように注意する(マウス,ラット系統の中には同じ系統名を持つものがあるが,それらは亜系統名の表記により区別することができる).
共通の祖先をもち,20世代になる以前に分岐した関連性がある近交系は,この関係を表す系統名を付ける.

例:
NZB,NZC,NZO

3.3. 世代数の表示
兄妹交配の世代数は,必要ならば括弧の中に“F”と,その後に世代数をつけて表示する.

例:
MSM/Ms(F81)

以前の世代数についての情報が無く,最近の近交世代数だけが判明している場合には,クエスチョンマーク“?”“+”と,その後に既知の兄妹世代数を付けて表示する.

例:
C3H/HeJ-ruf/+(F?+25)

3.4. 亜系統
近交系は,時が経つとともに環境の変化によって,遺伝的に亜系統(Substrains)に分かれる.

  • 兄妹交配が20世代以上40世代未満で2つの系統に分かれた場合.未だヘテロ領域が残っているかもしれないので,2つの遺伝的に異なる亜系統とする(Green, 1981).
  • 共通の祖先から分かれて20世代以上を経た場合.突然変異やGenetic Driftにより系統間に遺伝的差異が生じているかもしれない.
  • 遺伝解析によって,系統内で遺伝的差異が生じたと示された場合.

亜系統を表記するときは,親系統のもとの名前の後に,スラッシュと亜系統記号を付記する.亜系統記号には,通常,系統を作製した個人や研究所のラボコードを用いる.

例:

A/He マウスA系統の亜系統で,Walter Hestonによって作出されたもの.

ひとつの研究所が,複数の亜系統を作出した場合は,ラボコードに通し番号をふる.

例:
FL/1Re,FL/2Re

(注:既存の系統にはこのルールに当てはまらないものもある.例えば,BALB/cは亜系統ではない.DBA/1とDBA/2も別々の系統であり,亜系統の関係ではない.)

他の研究者が維持を引き継いだり,新しいコロニーの確立によって,さらなる亜系統が生じる.また,オリジナルの系統から明らかな遺伝的差異が見つかった場合もまた,亜系統となる.どちらの場合にも,さらにスラッシュを加えてラボコード表記をするのではなく,ラボコードのみを追加する.

例:

C3H/HeH C3H系統の亜系統で,Heston(He)のあとにHarwell(H)で維持されている.
CBA/StmMs CBA系統の亜系統で,埼玉がんセンター(Stm)のあとに,国立遺伝学研究所(Ms)で維持されている.

ラボコードは蓄積される.なぜならば,遺伝的差異は時の経過とともに蓄積されるものであり,系統や亜系統を維持・育成している機関の品質管理レベルによって,その速度も変わっていく.マウスを提供する際には,系統に関する情報の中に,もとの系統から分岐して何世代経ているのかを表記すべきである.出版物に関しては,最初に完全な系統名を明示しておけば,後は省略してもよい.

3.5. 交雑仔(Hybrid)
2つの近交系を交配した仔で,父母にもちいる近交系をそれぞれそろえて交配しているマウスは,遺伝的に同一であり,両方の親系統の頭文字を用いて表記し(母親の系統の方を先に表記),その後ろに“F1”を付記する.父母を逆にして交配したF1交雑仔は,これとは遺伝的に同一ではなく,その表記も異なる.

例:

D2B6F1 母親をDBA/2,父親をC57BL/6J系統の仔マウス
B6D2F1 上記とは反対の交配で産まれた仔マウス

さらなる交配により仔を作ることは可能であるが,もはや遺伝的には同一ではないため,F1交雑仔のように交配様式を表す名前をつけた方がよい.

例:

D2B6F2 D2B6F1同士の交配により産まれた仔マウス
B6(D2AKRF1) (DBA/2×AKR/J)のF1仔をC57BL/6Jの雌に戻し交配した仔

出版物において交雑仔や交配様式について述べるときは,最初に上記のような完全な系統名を表記する.もし交雑仔を作製する際に,遺伝的にあるいは形質がもとの系統と異なる亜系統を用いている場合,その亜系統名を名前の中にいれるべきである.(例:BALB/cByの場合,CではなくCbyを用いる.C3H/HeSnの場合,C3HではなくC3Snを用いる.)

一般的なマウス系統に認められている略号は,下記に挙げるとおり.

例:

129 129(サブタイプを含む場合もある.例:129S7)
129P 129P3
129S 129S1
A A
A/He AHe
AK AKR
B B57BL
B6 C57BL/6
B6Ei C57BL/6Ei
B10 C57BL/10
BR C57BR/cd
C BALB/c
CBy BALB/cBy
CB CBA
CBACa CBA/Ca
C3 C3H
D1 DBA/1
D2 DBA/2
HR HRS/J
L C57L/J
NZB NZB
NZW NZW
R3 RIIIS/J
J or SJL SJL
SW SWR

 

4. 複数の近交系から作出された系統
遺伝的背景が明確で,2つ以上の近交系から作出された系統は,遺伝的に同一である場合と,異なる場合とがある.その作出された交配方法に従って,適切に表記する.

4.1. リコンビナント近交系(Recombinant Inbred Strain)
リコンビナント(RI)系統は,2つの近交系を交配し,その後,20世代以上の兄妹交配を続けることにより作出する(Bailey, 1971; Taylor, 1978).リコンビナント系統は,両方の親系統の略語(1,2文字)を用いて,母親系統を先にして表記する.間にはスペースを入れずに大文字の“X”で両親系統を分ける.

例:

CXB BALB/c×C57BL/6Jの交雑に由来

複数のリコンビナント系統には,通し番号を付記する.

例:
BXD1,BXD2,BXD3
:C57BL/6×DBA/2の交雑から生じたリコンビナント近交系マウスで,BXDセットのメンバー.

SMXA1,SMXA2,SMXA3
:SM/J×A/Jの交雑から生じたリコンビナント近交系マウスで,SMXAセットのメンバー.

もし2番目(父親)の系統の略号が数字で終わる場合(例:CX8 RI系統),系統の略号と通し番号を分けるためにハイフン“-”を用いる(例:CX8-1).

リコンビナント系統は,多因子形質の遺伝解析のために,互いに交配することがある.その場合のF1世代は,Recombinant inbred intercrosses(RIX)と呼ばれ,他の近交系間のF1世代と同じように表記する.

例:

(BXD1/Ty×AXB19/Pgn)F1 雌のBXD1/Ty RI系統と雄のAXB19/Pgn RI系統とのF1世代

 

4.2. ミックス系統(Mixed Inbred Strains)
2つの親系統(うち1つは遺伝子が組み換えられたES細胞株)から作出された近交系,あるいは近交系になる前の系統は,2つの系統の大文字略号をセミコロン“;”で分けて表記する.ラボコードと通し番号は,異なる研究所で作られた系統や,あるいは同じ研究所の複数の系統を区別するために用いる.これらの名称は,完全な近交系になる前のミックス系統(ストック)において使われる場合もあり,十分な近交世代数(例:>20世代)になってから,近交系にすべきである.

例:

B6;129P2-Gfaptm1Ito Gfap 遺伝子をノックアウトした129P2/OlaHsd細胞株とC57BL/6J系統から作出されたミックス系統.129P2系統(ES細胞由来)とB6系統とが混ざった背景である.

2つ以上の親系統を由来する系統,近交化初期段階の系統,あるいは未知の由来から遺伝的影響を受けているミュータント系統は,“ミックス近交系”とし,“STOCK”という表記の後にスペース(ハイフン無し)と,生じた遺伝的変異あるいは染色体異常を続けて表記する.

例:

STOCK Rb(X.2)2Ad ロバートソン型転座(X.2)2Adを有する,未知あるいは複雑な遺伝的背景の近交系.

このようなミュータント系統が近交化された後は,適当な系統名をつける.ミュータントに関する表記が短ければ,その表記を全て大文字で,そのまま用いてもよい.系統名の変更は研究者に任されているので,変更を強く勧めてはいるが,“STOCK”と表記された系統名が,そのまま近交系に使われている場合がある.

例:

JIGR/Dn gr(grizzled)とji(jittery)の遺伝的変異をもち,ミックスした遺伝的背景のコロニーから開発された近交系

変異対立遺伝子(mutant allele)や染色体変異をもつ動物を,毎世代,あるいは隔世代ごとにF1交雑仔と交配しながら維持している場合,その系統名は,F1交雑仔を表す表記の接尾辞“F1”を付けず,その後に適切な対立遺伝子名,あるいは染色体異常を表す表記を続ける.

例:

B6CBA-Tg(HDexon1)62Gpb Tg(HDexon1)62Gpb導入遺伝子は,B6CBAF1に毎世代交配しながら維持されているが,系統それ自体はF1ではない.

4.3. リコンビナントコンジェニック系統(Recombinant Congenic Strains)
リコンビナントコンジェニック(RC)系統の作出は,2つの近交系を交配し,その仔を一方の親系統(レシピエント系統)に数回(通常は2回)戻し交配し,その後は,マーカーの選別をせずに近親交配だけで維持する(Demant and Hart, 1986).このような近交系は,レシピエント系統の遺伝的背景をもち,ドナー系統のホモ領域が染色体上に散在する.リコンビナントコンジェニック系統におけるドナー系統の染色体領域の割合は,戻し交配の数によって決まる.2回の戻し交配で,平均12.5%のドナー系統の染色体領域が残っている.

リコンビナントコンジェニック系統は,理論上の近交係数が,通常の近交系の係数と同じ値になったとき,完全な近交系と見なす.この場合,戻し交配の“1世代”は兄妹交配の“2世代”分にあたると考えてよい.すなわち,2度の戻し交配(N3はF6に等しい)をした後,14世代の兄妹交配(F14)をした場合,完全な近交系となる.
リコンビナントコンジェニック系統は,2つの親系統の大文字略号を用いて表記する.レシピエント系統を最初におき,小文字の“c”で分ける.

例:

CcS BALB/cレシピエント系統,STSドナー系統のリコンビナントコンジェニック系統

複数のリコンビナントコンジェニック系統には通し番号をふる.

例:
CcS1,CcS2,CcS3など.

2番目(ドナー)系統の略号が数字で終わる場合,通し番号と区別するためにハイフン“-”を用いる.

例:
NcX1-1,NcX1-2
:NC/Jicレシピエント系統,129X1/SvJドナー系統のRC系統セットのメンバー.

4.4. Advanced Intercross Lines(AIL系統)
Advanced intercross line(AIL)は,2つの近交系間でF2世代を作出し,その後,兄妹交配を避けながら,お互いに交配することで作出する(Darvasi and Soller, 1995).この方法は,非常に近接した遺伝子座間の組み換えが生じる可能性を高めるために用いられる.

表記は,はじめにそのラインを作出した研究所のラボコードにコロン“:”をつけ,カンマ“,”によって区切られた2つの近交系の略語を記し,最後にハイフン“-”をつけ世代数をつける.世代数は,F2世代の後の交配からの数をG3,G4のように表記する.

例:

Pri:B6,D2-G# Princetonの研究室において,C57BL/6とDBA/2系統から作成されたAIL系統.“G”の後につけられる数字は世代とともに増加する.

5.コアイソジェニック,コンジェニック,セグリゲイティング系統
染色体上のほんの僅かな領域だけが異なる近交系を表記するには,いくつかの方法がある.

5.1. コアイソジェニック系統(Coisogenic Strains)
コアイソジェニック系統とは,遺伝的変異によって一つの遺伝子座だけが異なった近交系である.ES細胞から作成された系統は,ES細胞が由来する近交系に交配され,維持されている場合には,コアイソジェニック系統とみなすことができる.しかしながら,それ以外の染色体上に遺伝的変異が存在する可能性も考慮に入れなければならない.同様に,化学物質,あるいは放射線などにより誘発されたミュータント動物はコアイソジェニック系統とみなすことができるが,ゲノム上にはその他の遺伝的変異が存在するかもしれない.したがって,コアイソジェニック系統は,定期的に親系統に戻し交配をしなければ,遺伝的浮動により,時間とともに親系統とは遺伝的差異が生じる可能性がある.

コアイソジェニック系統は,系統名(亜系統名(ラボコード)はここにつける)とハイフン“-”の後に,異なる遺伝子座名をイタリック体で続けて表記する.

例:

129S7/SvEvBrd-Fyntm1Sor 129S7/SvEvBrd系統から由来するAB1 ES細胞株を用いて,Fyn遺伝子変異が作成された.キメラ動物は129S7/SvEvBrd系統に交配して作られ,遺伝子座はこのコアイソジェニック系統で維持されている.
C3H/HeJNem-ruf C3H/HeJNem系統におけるrough furミュータントマウス

このような遺伝的変異は,ヘテロ接合体の状態で維持されている場合がある.したがって,系統の名称が,かならずしも繁殖方法や作出された動物の遺伝子型を表している訳ではないことに注意すべきである.

例:

C57BL/6J-cph C57BL/6J系統に,先天性進行性水腎症の突然変異が生じたコアイソジェニック系統だが,ホモ個体は通常,幼齢で致死のため,この系統は+/cph×+/cphのヘテロ同士の交配によって維持される.

コアイソジェニック系統において,突然変異が生じてからの世代数を表記する場合には,突然変異以降の世代数をこれまでの近交世代数のあとに加える.

例:

F110+F23 近交系110世代で突然変異が生じた後,23世代の兄妹交配をしたことを示す.

5.2. コンジェニック系統(Congenic Strains)
コンジェニック系統は,ドナー系統を特定のマーカーで選別しながら,近交系(バックグラウンド系統)へ戻し交配を繰り返すことにより作出する(Snell, 1278; Flaherty, 1981).組織適合性(MHC)の遺伝子座が異なっていて,お互いに移植に抵抗性があるコンジェニック系統をCongenic Resistant(CR)系統と呼ぶ.

この方法により作出された系統は,最初の交配あるいはF1世代を第1世代とし,最低10世代バックグラウンド系統へ戻し交配すれば,コンジェニックとみなしている.この時点で,残っているドナー系統のゲノム領域は0.01以下になる.ただし目的とする遺伝子やマーカー近傍の染色体領域は,もっとゆっくりとした速度で減少し,その長さ(cM)はおよそ200/Nに相当する(ここでのNとは,N>5の戻し交配世代数)(Flaherty, 1981; Silver, 1995).

マーカーで選抜して交配する“スピードコンジエニック法”と呼ばれる方法では,5世代以内の戻し交配だけで10世代分の戻し交配に相当するコンジェニック系統を作成する事ができる(Markel et al., 1997; Wakeland et al., 1997).適切なマーカーで選別された場合,ドナー系統の染色体領域が0.01以下になったならば,コンジェニック系統とすることができる.スピードコンジェニック系統を出版物で最初に記載する場合は,どれくらいその系統が“コンジェニック化”されたかを明らかにするために,使われたマーカーの数と染色体上の間隔を明記するべきである.スピードコンジェニック法は,染色体上のマーカー解析の精度,実験プロトコールによって変化するため,コンジェニック系統の近交化状態には注意を払わなければならない.

コンジェニック系統は,3つの部分からなる表記により名前がつけられる.レシピエント系統の完全もしくは省略した表記と,ドナー系統の表記とをピリオドで分ける.この場合のドナー系統とは,コンジェニック系統を作出するにあたって,もととなるかどうかは別として,その対立遺伝子や遺伝的変異を有する系統のことである(ドナー系統が近交系では無い場合や,複雑な系統である場合,コンジェニックをあらわすために“Cg”という略号を用いる.ドナー系統の表記や,Cgの記号を用いることで,コンジェニック系統をコアイソジェニック系統と区別することができる).系統名のあとにハイフン“-”を用いて,ドナー系統から導入された特定の対立遺伝子をイタリック体で表記する.

例:

B6.AK-H2k C57BL/6系統の遺伝的背景をもち,AKR/J系統由来の対立遺伝子(H2k)の導入により,そこだけが異なるマウス系統.

同じ遺伝的背景で,同じドナー系統に由来し,かつ同じ導入対立遺伝子を持つ,いくつかのコンジェニック系統が利用可能なら,それぞれの系統は,スラッシュ“/”のあとに通し番号とラボコードを付けることで区別する.
対立遺伝子が第3の系統を経て導入された場合,第3番目の系統は括弧()の中に記述する.

例:
J.129S2(B6)-Cd8atm1Mak/2Dcr
J.129S2(B6)-Cd8atm1Mak/3Dcr
:2つの異なるコンジェニック系統で,どちらも同じドナー系統,レシピエント系統から開発され,同じ導入遺伝子座をもつ.

C.129S7(B6)-Rag1tm1Mom
:この例と上の例は,導入遺伝子座は第3系統から移されており,系統名の中に“(B6)”で表記してある.標的された遺伝子であるRag1tm1MomがB6;129S7から第三の近交系(BALB/c)へ移されている.標的になった遺伝子がES細胞由来であることから標的遺伝子を挟むゲノム領域(染色体断片)は129S7由来であるが,一旦,B6系統と交配していることから,挟まれている129S7のゲノムの大きさがどの程度あるのかは不明である.

移行された染色体領域が,複数の遺伝子あるいはDNA遺伝子座で決められている場合,その領域のなかで,最も近位と遠位にあることが分かっているマーカーをハイフン“-”で結び,括弧()の中に表記する.

例:

B6.Cg-(D4Mit25-D4Mit80)/Lt outbredあるいはmixed系統(Cg)から,2つの特定のマーカー間にわたる第4染色体上領域をC57BL/6Jに導入して作成されたコンジェニック系統
NC.129X1-(D9Mit273-D9Mit78) ドナーの染色体領域が129X1/SvJ系統に由来するコンジェニック系統.

染色体領域を決定するマーカーは,最も近位と最も遠位にあることが示されているマーカーであり,さらに近位に,あるいはさらに遠位に未知のマーカーがまったく存在しないということではない.同じ染色体領域が導入されているために区別することができない系統は,スラッシュのあとに,通し番号とラボコードで区別する.

必要ならば,戻し交配数を括弧()内に“N”と数字で表記する.複雑な交配システムを用いた場合,世代数はN相当数(NE)として表記し,最低NE10世代でコンジェニック系統とみなす,例えば,劣性遺伝子を近交系に戻し交配する場合,次の戻し交配のためのホモ個体を得るため,戻し交配とヘテロ同士の交配を交互に10回繰り返すことになるが(合計20世代),この系統はNE10代となる.コンジェニック系統を戻し交配の後,兄妹交配で維持する場合,兄妹交配世代数は戻し交配世代数の後に表記する.例えば,N10F6は戻し交配10世代の後に6世代の兄妹交配をしたことを意味する.NE12F17は,戻し交配とヘテロ同士交配を交互に12回繰り返した後(遺伝学上12世代の戻し交配に相当する),17世代の兄妹交配をしている.

スピードコンジェニック法で行われた世代数Nは,10未満になるけれども,実際の数字をそのまま使用し(例:N6),使用したマーカーや繁殖システムの詳細を出版物やデータベースなどに記述する.

5.3. コンソミック系統(Consomic Strains)
コンソミック(chromosome substitution strainとも呼ばれる.Nadeau et al., 2000)は,ある一つの染色体全体を近交系に導入するため.戻し交配を繰り返すことにより作成する.コンジェニック系統のように,F1世代を世代1として,最低10世代の戻し交配が必要である.常染色体の場合は,選んだドナー染色体が,相当するレシピエント染色体と組み換えが生じていないことを確認するため,各世代ごとに産まれてきた仔の遺伝子型を決定する必要がある.コンソミック系統の一般的な表記は,“HOST STRAIN-CHROMOSOMEDONOR STRAIN”である.

例:

BALB/cA-19MSM MSM/Msの第19染色体がBALB/cAに戻し交配で移されている.

コンソミック系統は,概念上と作成法においてコンジェニック系統と似ているが,コンソミック系統の学術命名法において,受け手(host)側の系統の名前は略されず,ピリオドも,その後に,ドナー系統の名前もつけない.ドナー系統の名前は肩付きで表記する.対立遺伝子名と区別するため,肩付き文字は全て大文字を用い,染色体を表す文字/数字や肩付き文字はイタリック体を用いない.

5.4. 遺伝子型分離近交系(Segregating Inbred Strains)
セグレゲイティング系統は,特定の遺伝子座,あるいは遺伝的変異をヘテロ接合体の状態で維持している近交系である.近親交配(通常は兄妹交配)で維持されるが,各世代においてヘテロ接合体の個体を選抜する.セグレゲイティング(ヘテロ)遺伝子座は,その系統の標準的な遺伝子型の一部を示しているので,他の近交系の場合と同じように表記する(セクション5.1コンソミック系統を参照).分離している遺伝子座が毛色に関するものであり,さらに,その近交系の正常な表現型である場合は,それらを系統名内に表記する必要はない(下記の例を参照).また,系統の遺伝子型については,出版物やデータベースなどで利用可能にしておく.

例:

129P3/J tyrosinase遺伝子座において,アルビノ(Tyrc)とチンチラ(Tyrc-ch)をヘテロで有する.
WB kit oncogene遺伝子座において,ヘテロで優性白斑対立遺伝子(KitW)を有する.

連鎖する2つの対立遺伝子をもつ系統は,その表記の中で対立遺伝子が連鎖していること,それら対立遺伝子の状態(どちらの親由来の染色体上にあるか)を明記する.

例:

B6.Cg-m Leprdb/+ + この系統では,m対立遺伝子とLeprdb対立遺伝子は,同じ親由来の染色体上にあるため,一緒に動く.それぞれの野生型対立遺伝子は,もう一方の親由来の染色体上にある.
C57BL/6-Hm+/+Relnrl この系統では,Hm対立遺伝子とRelnrl対立遺伝子はそれぞれの相同染色体上にある(別々の親に由来しているため,反発して動く).この系統をバランス系統とも呼ぶ.

 

5.5. コンプラスティック系統(Conplastic Strains)
コンプラスティック系統とは,ある系統の核ゲノムを別の系統への細胞質へ導入した系統のことである.言い換えれば,戻し交配中,ミトコンドリアのドナー系統は常に母親である.表記は,NUCLEAR GENOME-mitCYTOPLASMIC GENOMEである.

例:

C57BL/10SnJ-mitMSM C57BL/10SnJ系統の核ゲノムとMSM/Ms系統の細胞質(ミトコンドリア)ゲノムを持つ系統

このような系統は,雄のC57BL/10SnJマウスと雌のMSM/Msマウスとの交配により作成され,雌の仔に雄C57BL/10SnJの戻し交配を繰り返す.コンジェニック系統のように,F1世代を第1世代として,最低10世代の戻し交配が必要である.

6.参考文献

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