染色体工学技術を用いて作製された 新規ダウン症候群モデルマウス

RIKEN BRC March 2021
Mouse of the Month

染色体工学技術を用いて作製された
新規ダウン症候群モデルマウス

STOCK Tc(HSA21q-MAC1) (RBRC05796)

TcMAC21 mice

Courtesy of Yasuhiro Kazuki, Ph.D.

 

ダウン症候群は、ヒト21番染色体のトリソミーが原因で起こる、特有の身体的・精神的特徴が見られる疾患です。先天性染色体異常症としては、1/600〜1/800と高頻度で生じるものの、どの遺伝子がどのような症状に関与しているのかが明らかにされておらず、根本的な治療法が確立されていないのが現状です。これまでも、これらの原因を解明するため、ダウン症候群のモデルマウスがいくつか作製されてきました。しかし、ヒト21番染色体の一部分がトリソミーであったり(部分トリソミー)、組織によってヒト21番染色体が脱落していたり(モザイク保持)と、課題も見受けられました。

今回ご紹介するTcMAC21マウス(RBRC05796)は、これらの問題点を解決し、かつ、ダウン症候群と類似した表現型を示す新規モデルマウスです[1]。本系統は、マウス人工染色体ベクター(Mouse Artificial Chromosome; MAC)を用いて作製されました。MACは、Mbサイズの任意のDNA配列を、宿主染色体とは独立して、長期間、安定的に宿主細胞に導入可能な染色体工学技術です[2]。本系統の作製では、ヒト21番染色体長腕領域約30 Mbを搭載したMACが導入されたマウスES細胞が用いられました。

実際に寄託者の香月先生らは、TcMAC21マウスでは、細胞内で導入したヒト21番染色体がマウス染色体に挿入することなく独立して存在すること、ヒト21番染色体上に存在する213個のコーディング遺伝子の内、199個(93.4%)がトリソミーであること、それらの遺伝子が組織特異的発現を示すこと、トリソミーが組織間でばらつくことなく安定的に保持されていることを報告しています。加えて、TcMAC21マウスは、心室中隔欠損症などの先天性心奇形、小脳の萎縮などの脳の形態学的異常、頭部顔面骨格異常、血液学的異常、記憶学習障害といったダウン症候群特有の表現型を示すことが明らかになっています。

以上のことより、MACを用いた染色体工学技術は、今後、様々な疾患モデル作製への応用が期待され、これを利用して作製されたTcMAC21マウスは、ダウン症候群の原因遺伝子の解明、および、治療法の開発に貢献可能な、非常に有用なモデルであるといえます。

 

Depositor : 香月 康宏 先生
鳥取大学染色体工学研究センター
Strain name : STOCK Tc(HSA21q-MAC1)
RBRC No. : RBRC05796
References : [1] Kazuki Y, Gao FJ, Li Y, Moyer AJ, Devenney B, Hiramatsu K, Miyagawa-Tomita S, Abe S, Kazuki K, Kajitani N, Uno N, Takehara S, Takiguchi M, Yamakawa M, Hasegawa A, Shimizu R, Matsukura S, Noda N, Ogonuki N, Inoue K, Matoba S, Ogura A, Florea LD, Savonenko A, Xiao M, Wu D, Batista DA, Yang J, Qiu Z, Singh N, Richtsmeier JT, Takeuchi T, Oshimura M, Reeves RH.
A non-mosaic transchromosomic mouse model of down syndrome carrying the long arm of human chromosome 21
Elife. 2020 Jun 29;9:e56223.
[2] Takiguchi M, Kazuki Y, Hiramatsu K, Abe S, Iida Y, Takehara S, Nishida T, Ohbayashi T, Wakayama T, Oshimura M.
A novel and stable mouse artificial chromosome vector
ACS Synth Biol. 2014 Dec 19;3(12):903-14.

 

March 2021
Saori Mizuno, Ph.D.
Contact: Experimental Animal Division, RIKEN BioResource Research Center (animal.brc@riken.jp)
All materials contained on this site may not be reproduced, distributed, displayed, published or broadcast without the prior permission of the owner of that content.


コメントは受け付けていません。